三島市にある謎の水路トンネル【若宮隧道】

2017.11.04 Saturday 06:35
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    お久しぶりです たまそらです


    突然ですが、10月8日に19歳になりました
    誕生日に、先日免許を取った彼女氏が車を出してくれると言ったので 地元静岡で探索し残していた謎のトンネルへ向かうことにしました


    場所はこのあたり
    三島市北沢 ここから東にトンネルがあるように多数の電子地図に描かれている
    しかも車のカーナビにもしっかり描かれており、車が通れるようなトンネルがあるように描かれており、しかもご丁寧にカーナビには「若宮隧道」と名前まで載っていた

    私は元々三島市の生まれで、その上北沢はご近所だったのでよく知っていたはずだが、トンネルがあったという話も聞いたことない「あそこには禿山しかないはずなのになぁ……」と思ってとりあえず禿山に車を止めて探索してみようと車を運転してる彼女氏に道案内をしていたら何かがおかしい事に気づいた

    「おいまて!禿山が無くなってるぞ!!」

    ここ北沢はかつて硫黄鉱山があって、その時の土壌汚染で未だ草も生えない禿山と化してしまったというのは地元でも有名な話であった、本当は硫黄鉱山ではなく工場だったらしいが、その事実関係はともかく、実際私がここに住んでた頃は確かにここは禿山であった。
    なのに、その禿山が新興住宅地に生まれ変わってるじゃないか……

    え、土壌汚染どうしたの?大丈夫なの?

    とりあえず狼狽えながら、ここに車を止めて 問題のトンネルがあるらしい場所に向かった


    ……なんかある


    道路より一弾さがった場所に問題のそれはあった
    確かに「若宮隧道」って書いてあるが……

    車どころか歩行者すら通れないし!道より低い位置になんでトンネルあるの!っていうか断面小さくない?なんか怪しい管入ってるし!!!
    ツッコミどころ満載だろ…

    なんか予想外のもの見つけてしまったなぁ…

    とりあえず反対側に向かってみよう


    場所はこのあたり
    三島市大場字赤石に位置する 赤石はあこうって読む 地味に難読地名
    こっちは道路と同じ高さだった


    貫通はしてるご様子、ていうか現役のトンネルぽいですね

    さてこの謎のトンネル 柿田川事務所って文字が見えるので、柿田川から水道を引っ張ってると思われてる
    そしてこの経路を通ってるということは 一つしかない
    これは「駿豆水道」の水路隧道であると思われる

    駿豆水道とは 昭和50年に柿田川と熱海を結ぶために作られた水道である
    熱海は当時、急増する移住者や観光客による水道の需要の高まりにより供給が追いついていない状態であった。また函南や三島も、主に工業用水の組み上げにより水源の渇水が問題となっており(特に三島市の場合、お隣長泉町にあった東レ三島工場にその原因があったため対策のしようがなく悲惨であった)、これらを解決するため柿田川から丹那盆地を越えて熱海へ至る水道計画が浮上したようだ
    この計画自体は戦時中からあり、当時はなんと東京都まで繋ぐ構想であった。この計画を事前に察知した沼津にあった海軍技研音響研究所が先回りする形で柿田川から水を沼津市下香貫まで引っ張ってきて、非公式ながら清水町や沼津市にも供給し、戦後正式に譲渡された。この駿豆水道の建設の背景にも海軍技研のOBが熱海への水道誘致の話を聞いて取り計らったという話も聞く(沼津市立図書館蔵書 沼津技研物語より)

    この駿豆水道だが、柿田川からまっすぐ三島市へ向かい、中島浄水場へ一旦送られる。その後中島浄水場から大場川を渡り、幾つかの箇所で圧力を加えて山を登り熱海へ向かう

    この駿豆水道が大場川を渡っている中島橋の延長線上にある道を真っ直ぐ行くとちょうど若宮隧道の北沢口へたどり着くのでおそらくこのトンネルは駿豆水道のもので間違っていない。
    だが、ここにトンネルを掘っても 熱海に向かうにはもう1度トンネル掘る必要がある、がトンネルがある様子もないので、おそらくこれは駿豆水道から外れて、赤石の北にある東大場へ至る支線だと思われる


    ()引用元
    こちらに支線の存在が描かれており 本線の方は南へ大きく迂回している これは本線が静岡県道10号熱海函南線 通称「熱函道路」の下を通ってる山越えをしてるからであろう
    もしかしたらこの隧道も本線のもので 赤石で分岐して本線は再びトンネルを掘るのを避け南へ大きく迂回しているのかもしれないが 上の地図ではそこまで読み取れなかった。
    ていうかこれは単純に聞けば教えて貰える案件なのでは?
    今度確認してみよう

    というわけで、若宮隧道の調査は一旦ここで中断 追記があったらまた更新します


    あ、余談ですが、C93 冬コミの方も当選しました
    3日目東く26b「灰蝸と無人駅」です
    冬コミでもよろしくおねがいします
    category:小ネタ | by:たまそらcomments(0) | - | -

    夏コミで「NOeSIS聖地巡礼本」を出しましたー!

    2017.08.15 Tuesday 23:23
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      突然ですがNOeSIS聖地巡礼本をコミケで出させて戴きました
      既に買ってくださった方はありがとうございます!!!!

      通販もやっております よろしければどうぞ


      それでは夏コミの様子を


      サクチケで入場 こんなに空いてるんだ……


      設営完了


      ケバブ食べる


      ちょ……目の前ご本家classic chocolatじゃないですか…


      てわけで開場
      隣は1時間ぐらいで帰っていきました
      えええ……

      仙台鉄道 廃線跡【通町〜東照宮前】

      2017.04.23 Sunday 02:37
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        突然ですが、仙台へ引っ越してきました


        近所を散歩していたところ
        「ここなんだか怪しいぞ?」ていう場所を見つけた


        この場所だけ住宅の並びが不自然なので 以前は鉄道か道路があったのでは?と考えて調べてみたら やはりビンゴで 仙台鉄道の跡のようだ

        という訳で 仙台に来て最初の廃線探索は仙台鉄道となったのであった


        まず仙台鉄道とは……?

        正直私もこっちに来るまで知らなかった
        同じ仙台にあった軽便鉄道である秋保電気鉄道は有名なので知ってはいたが……

        仙台鉄道は現在の仙山線北仙台駅から陸羽東線の西古川駅までを結んでいた全長44.1kmの軽便鉄道だ

        1922年10月6日 現在の市営地下鉄南北線とJR仙山線との交差駅 北仙台駅の近くにあった通町駅から同じく市営地下鉄南北線八乙女駅周辺の八乙女駅まで開通 その後延伸を重ねて1922年2月2日に西古川(当時は中新田を名乗っていた)まで開通した
        しかし、1951年に北仙台から加美中新田までの全長40.9kmもの区間が休止 そして1956年4月5日に廃止 残りの3.2kmも1960年5月1日に廃止されている

        と 毎度おなじみ 日本鉄道旅行地図帳の記述を信じるとこのようである 毎回この書籍は万能だが信用出来ないと言っているが 一応仙台市内の詳細な経路図も紹介されていたのでこれを元に探索している
        さて、以下面倒なのでWikipediaから転載する

        台区(現・仙台市)以南の日本鉄道(現・JR東北本線)は、江戸時代の奥州街道沿いに建設された。他方、仙台以北の同線は、東北地方開発の中心的事業として推進された野蒜築港に接続するため、同街道を外れて仙台から北東の松島湾に向かう経路で計画されたが、建設過程で野蒜築港が頓挫したため、まずは塩釜港まで建設された。同線は青森に向かってさらに建設が進むが、仙台駅から分岐して奥州街道沿いに北上させることはせず、岩切駅から分岐して松島丘陵を越え、日本三景・松島や大崎平野東部(志田郡・遠田郡)を縦貫する東寄りルートで敷設された。そのため、近代的交通手段から取り残される形となった旧来の幹線交通路に沿って仙台軌道(仙台鉄道)は建設され、仙台市から黒川郡吉岡町(現:大和町吉岡)までの区間がほぼ奥州街道沿いの宿場町をつなぎ、それより北は、大崎平野西部(加美郡)を縦貫する出羽仙台街道沿いの諸集落をつなぐ経路で建設された。同軌道は旅客輸送のほか、米などの農産物輸送、大松沢丘陵からの亜炭・薪炭輸送、加美郡色麻村(現色麻町)の王城寺原演習場への物資・兵員輸送などに利用された。

        また廃止についてはこのように記述されている

        戦後の占領期には王城寺原関連の軍事輸送がなくなり、またバスに乗客を取られて経営が悪化。小口輸送においても、トラックや荷役馬車が仙台への流通主体となって苦境に立たされた。さらに1947年(昭和22年)のカスリーン台風、1948年(昭和23年)のアイオン台風と2度にわたる台風の被害に遭い、鉄橋や線路が流された。被害は復旧されたが、復旧費用支出により経営が著しく悪化。1950年(昭和25年)の風水害を期に、路線の大部分である北仙台 - 加美中新田間約40kmを廃止、バスに転換した。

        加美中新田 - 中新田(現・西古川)は陸羽東線と中新田市街を結ぶ3km強の支線的な状態で細々と運行されたが、1960年(昭和35年)に廃線となった。



        とのこと また仙台市史にも記述を見つけたがうっかりコピーを取らなかった、しかしほぼWikipediaと同様の事を言っていたので ウィキの内容にも誤りはないだろう

        というか、仙台市史、Wikipediaと 日本鉄道旅行地図帳との間でまたもや休止日、廃止日にズレがあるな……まったくこいつは参考にならないな……

        て訳で現地に早速行ってみよう


        行く途中に見つけたが
        ミッ〇ー保育園……おい大丈夫か……



        ちなみに今回はこのような経路で探索している 一部辿れなかったところがあるが、ほぼこれが廃線跡だと見ていい


        場所はこのあたり
        おおよそこの空き地が通町駅跡だったようだ
        ちなみに他サイト様によると この土地は以前は建物が立っていたようで 空き地になってるのは偶然のようである


        空き地の反対側
        このような道があるが おおよそこの道の当たりを仙台鉄道が通っていたようだ


        怪しい道がある
        とはいえ廃線跡にしては細すぎるか
        実際にはこの道の若干左を通っていたようだ


        この廃線跡の裏には教会があった


        立派だったのでつり表に回って撮ってきた


        反対側にまわってきた
        怪しい道はコンビニの横に出てくるが 恐らく仙台鉄道の跡はコンビニの中だ


        コンビニの前には仙台浅草というものがある


        どうやらこの仙台浅草、仙台鉄道の跡に建てられたもののようだ

        ここでもWikipediaの記述を引用させて頂く

        1937年(昭和12年)、仙台市電北仙台線の開通に伴い、仙台鉄道の通町駅?-?北仙台駅間が廃止になって北仙台駅(地図)が始発になった。すると、廃線跡に材木商店が開業した。

        戦後占領期の1948年(昭和23年)、アイオン台風による被害で仙台鉄道が不通になると、同年から代替バス運行が開始された。その後、仙台鉄道は復旧したが、1950年(昭和25年)の風水害で再び不通になり、そのまま北仙台駅 - 加美中新田駅間が廃止になった。代替バスはそのまま定期運行になり、仙台鉄道の北仙台駅跡地はのちに宮城交通通本社と北仙台ターミナルとなった。

        一方、材木商は戦後に廃業してしまうが、その跡地に1958年(昭和33年)、日用品の市場の「北仙台駅前交易センター」が開業。形成された横丁は、東京・浅草にあやかりたいとの願いから「仙台浅草」と呼ばれるようになった。

        1969年(昭和44年)4月1日、仙台市電北仙台線が廃止。1970年(昭和45年)2月1日には住居表示が実施され、仙台浅草を含む国道4号(現・県道仙台泉線)沿い北側一帯の住所が「仙台市荒巻字木蔵前」(きぐらまえ)から、国道4号沿い南側も含めて「仙台市昭和町」になった。この頃から仙台浅草では、居酒屋やスナックといった夕方から営業する店が出始めた。

        2003年(平成15年)に宮城交通通本社が移転、北仙台ターミナルも廃止となり、跡地には2006年(平成18年)2月にライオンズタワー仙台青葉が竣工した。2008年(平成20年)のリーマン・ショック後の仙台浅草の状況は、昼間に営業する店が数軒にまで減少し、夕方以降営業の飲食店ばかりになっていた。また、店主の高齢化に伴って客層の年代も上がり、約30店舗の内、1/3の約10店舗が空き店舗になるほど活気を失った。

        2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の後、他地区において震災で被災したり、店舗が取り壊しになったりした若手店主が移ってきて出店が続き、空き店舗がほぼ解消した。また、ダイニングバー、もつ鍋屋、韓国料理屋などの出店により客層が若返り、週末を中心に活気を取り戻した


        とのことである 震災によって賑わいと取り戻したとは、珍しい経緯をお持ちである






        雰囲気はとても好きな感じである
        お酒が飲めるようになったら着てみようかな
        家から30分ぐらいでこれるし


        奥に高いタワーが見えるが これがかつての社北仙台駅の跡である


        目の前の大きな通りを渡ったところに社北仙台駅があった 社は民鉄を表し 仙台鉄道の北仙台駅という意味だ

        昭和4年9月29日に国鉄仙山線の北仙台駅開業と併せて「北仙台駅」として開業 その後仙台市電の北仙台線がこの目の前の道路上に昭和12年10月26日に開業 市電によって分断された仙台鉄道はこの通町〜北仙台間を廃止 市電開業前の昭和12年2月にこの北仙台を「社北仙台」と改名しここをターミナル駅としたようである
        以後仙台鉄道の起点として機能し、仙台鉄道の廃止後もバスターミナルとして機能 後の宮城交通の通本社ターミナルとなったが2005年に移転 解体され 現在のビルが誕生した
        そのため社北仙台駅の痕跡は残っていない

        ちなみに 社北仙台 日本鉄道旅行地図帳によると「しゃきたせんだい」だが 他サイト様によると「しゃほくせんだい」との記述のある文献もあるようだ


        ビルの反対側に回る
        奥の陸橋はJR仙山線だ
        仙台鉄道はこの仙山線の手前を並行するようにして通り抜けていたようだ

        ちなみに仙台鉄道はこの先台原段丘まで勾配緩和の為 東照宮や小松島の方を経由して勾配を稼いでる その為かなり遠回りを強いられてる


        仙台鉄道はおおよそここを仙山線と並走していたと思われる がこの道は繋がっておらず仙台鉄道の痕跡もないので迂回する


        場所はこのあたり
        上杉山中学校から廃線跡が復活する


        ここの廃線跡は市道に転用され上杉から東照宮を通り小松島まで続いている 転用道路なので殆どが一方通行な上 この道は勾配緩和の途中なので 典型的な鉄道のカーブ区間が見れる




        とはいえ、道が続くだけで正直面白くない…


        橋が見えてきたか


        橋の名前見なかったな…
        ここで梅田川を渡る


        仙台鉄道もここを橋で渡っていたはずだが、橋台などの痕跡も見当たらなかった

        後で気づいたが 橋の手前にに東照宮前駅があったようだ


        東照宮前駅を過ぎると仙山線の東照宮駅の下をくぐる
        仙山線の東照宮駅は仙台鉄道の廃止後 昭和66年11月18日の開業なので 乗り換え駅として機能していた時期はない




        このガード下 どうやら仙台鉄道の現役時のまのようである


        今もなお、その名前を残していた




        今回はここまで、ここから先は次回の探索に回す


        【おまけ】


        仙山線 東照宮駅 こちらに来てから何度かお世話になっている


        仙台東照宮だ


        実は今 この東照宮が建てられる前にあった天満宮について調べている 詳細なことが分かったらここで紹介するかもしれない

        今回急激に画質が下がったのはjugemの仕様です、この予告無しの改悪の改善の要求を何度も運営にしておりますが 返信すら来ません
        その為ブログのお引越しを考えています

        高校卒業

        2017.03.02 Thursday 07:10
        0

          仙台城からの夜景

          昨日、卒業式がありました

          ついに高校も卒業です


          学校にとりわけいい思い出も悪い思い出も残ってないんですが それでもこの3年間 色々な面で成長できたのかなぁて思います
          (特にコミュ力)

          彼女氏とも結局3年間ずっと一緒に居たなぁ… 半年後同棲の約束してるけど、どうなるだろう

          今まで静岡の地で過ごしてきましたが、春から単身 仙台へ引っ越します
          というわけなので、静岡周辺の廃墟、廃線、廃道とはこれでおさらばですね
          まだストックは残ってるのでぼちぼち紹介するかもですが



          そんな感じで、たまには普通のブログっぽい事書いてみました
          これからもよろしくおねがいします
          category:どうでもいい内容とか | by:たまそらcomments(0) | - | -

          『口野隧道』と『多比の切通』を探せ【その1】

          2017.02.24 Friday 07:50
          0
            前回のつづき


            港大橋からの富士山
            おじさんと合流した後 チャリでひたすらに南下


            以前りぶろーすと訪ねた江ノ浦第一隧道が見えてきた


            だが、今回はお前はどうでもいい


            場所はこのあたり
            沼津から延べ12.3km 所要時間は1時間57分


            例の場所にやってきた
            界隈ではすっかり有名になってしまった
            『旧口野隧道』と呼ばれるものである

            山行がで取り上げられて以降 その特異的な構造から有名になり つい先日には廃道ツアーが開かれここを含めた伊豆の廃道を探索するというツアーも催されたそうだ

            そのせいか、やけに地元民に不審がられた おいツアー客マジでなにしたんだよ……


            『山田』と彫られてるのも見える
            山田とはこの隧道を彫った人のことだ
            この隧道を『山田隧道』と呼ぶのが正しいとの意見もあるが 既に『旧口野隧道』として一般に知られてるので 便宜上『旧口野隧道』で統一させて戴く
            (こうやって歴史は改変されていくのだろう)


            さて、中に入ろう
            実は以前りぶろーすともここに来ていたのだが その時は明かりを持っていなかったので早々に撤退してしまった
            ちなみにりぶろーす氏もおじさんと同じで同じ学校の同級生です


            あれ、こんな荒れてたっけ?




            色々なものが捨てられてる






            奥に続いてる


            なんか崩れてる?




            広い空間が広がってる


            終わりが見えてきた


            中は事前の情報通り水没している


            切り出された石材



            つづく

            Calender
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