大野原に分断された残念険道/静岡県道157号五本地御殿場線

2020.05.10 Sunday 16:21
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    場所はこのあたり
    裾野市の旧須山村 国道469号沿いである

    今回紹介するのは 静岡県道157号五本地御殿場線である 五本地というのは起点付近の古い地名である
    五本地はゴホンチと読み かつては御本陣と呼ばれていた
    御厨と呼ばれた駿東郡は源頼朝の富士の巻狩にまつわる地名が数多くあり ここもそのひとつで 巻狩りの際にここに陣を敷いたことが名残になっている
    須山村時代は字名として残っていたが 現在は既に使われていない地名になっている


    起点は国道469号交点から
    左に逸れる砂利道が県道157号だ
    初っ端から漂う残念感 誰もこれが県道だとは思わないだろう

    そもそも国道地理院地図ではここを県道扱いしていない Yahoo地図やその他ナビゲーションアプリでは県道としてしっかり反映されているが 大元はそもそも公道扱いさえしてないという始末
    一応県道であるのは間違いないはずなんだが…


    とりあえず進む
    最近こんな険道ばっかり行ってるな


    道路に轍はあるので定期的に車は来るみたいだ


    この辺は富士山の火山灰と溶岩で 砂利道はこのように非常に荒れやすくなってる
    故に舗装路率が高いんだけど ここはご覧の通り


    途中で須山口登山道の看板を見つけた


    どうやら今までの区間は富士山の登山道と重複していたらしい


    しばらく進むと拓けた場所に出た


    荒地の向こうに富士山が見えた


    しばらく進むと何か見えてきた


    射撃中という電光掲示板と共に封鎖が見えてきた
    ここから先は東富士演習場の敷地となっていて 一般人は立ち入ることが出来ない
    県道は実質ここで分断されている

    今日は実弾射撃訓練中とのことで 警報も出ていた


    ここのゲートだが 立入日というのが存在し 立入日には一部の地元民なら許可を得て立ち入ることが出来る
    しかし今日みたいな射撃訓練中は自衛隊員以外の立入は厳禁されている


    ここから先の県道は未併用区間となっているが 防衛省管理の道路 平塚道として整備されている


    しばらく滞在していると スピーカーから「実弾射撃訓練中です 危険ですので立ち入らないでください」と放送が入った


    ここは引き返して 分断区間の向こう側へ迂回しよう
    ……ん? すぐ手前に橋あったのか 気づかなかったわ


    特に変哲もない橋
    地図で見てみたら なんとこの川が裾野市と御殿場市の境界線だったみたいだ
    ……ってことは 今たってるの御殿場市なの?



    場所はこのあたり
    今度は分断区間の反対側にやってきた
    ここは御殿場市の旧印野村になる
    この場所で防衛省畑岡道と分岐し 県道157号は復活する


    国土地理院地図によると この畑岡道をもう少し南に行ったところまで県道指定がなされてるようだが、ここから先は東富士演習場の敷地内なので県が管理できるのはここまでなはずである


    こちら側でも射撃中との警告が出ている


    畑岡道との分岐部には早速ヘキサが置いてある
    起点側から見て 最も近い 県道を示す構造物である


    県道はしばらくゴルフ場の中を走り 真っ直ぐ印野本村集落へと降っていく


    集落の手前で2つ目のヘキサ


    そして印野の集落の中心を通過していく

    ここ印野は 「勝間田」「勝又」「勝亦」といった姓のものが多い
    これは室町時代に 現牧之原市にあった勝間田城が今川義忠(桶狭間の戦いで有名な今川義元の祖父)に攻められ 落城した際 その残党が まさかの義忠の殺害してから逃げ出してここ印野に住み着いたからだそうな


    印野本村を過ぎると県道は立派な舗装路のまま終点へと向かう


    場所はここあたり
    そして静岡県道155号滝ヶ原富士岡線との交点 印野交差点で県道157号は終点となる


    終点側にもちゃんとヘキサがある


    県道155号の富士岡方面側には青看を存在する
    県道157号の行先は印野胎内とのみ書かれていて 須山の文字は何処にもない(まぁ分断されてるから当たり前だけど)


    さて起点側の裾野市区間は道として成り立っておらず、ほぼ終点側御殿場市の印野集落を縦断するだけの県道と化しているこの道だが、この辺は東富士演習場により分断された道路が数多くある
    そのうち県道として存在してたのが 県道66号富士御殿場線と 県道157号五本地御殿場線だ
    どちらも軍用道路として陸軍が建設 後に県道となった経緯がある(そもそもこの辺の県道は殆どが軍用道路である 国道138号旧道の県道401号や印野で合流した県道155号も元は軍用道路だ)
    県道66号の方は戦後になり分断区間が解消され 現在は国道469号に昇格している 東富士演習場のある大野原を縦断する唯一の道路ということで ツーリングロードとしても有名な場所になっている
    片やもう一方の県道157号は 分断区間はそのまま 裾野市区間はほぼ見捨てられている状況 国道469号がすぐ近くを通るのもあり そもそも国道469号が旧原里村中心部と旧須山村中心部を結んでいたのに対し 県道157号が五本地という当時官林地しかない場所と 御殿場のチベットとも呼ばれる印野を結んでいたという微妙な経路だったことも災いしたのだろう

    きっと今後もこの道路が全通することはないだろう
    そんな不遇で微妙で中途半端な県道でした
    category:酷道とか登山道とか | by:たまそらcomments(0) | - | -

    国道273号 旧道【日浦岬の素掘トンネル/前編】

    2020.01.25 Saturday 00:20
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      廃道趣味にどっぷり浸かってる人なら 恐らくこの光景を見たことあると思う

      恐らく北海道でも一二を争うであろう写真映えする廃道がここ 函館は日浦岬にある日浦トンネル旧道だ

      兼ねてからここを訪ねてみたいと思ってた私は 仕事で函館を訪れた際に かなり強引にスケジュールにねじ込み 無理矢理来訪を叶えたので 本ブログ 初北海道ネタは ここの話をしようと思う

      ちなみに最初に言っておくと 強引なスケジュールすぎて走破は出来なかった
      また再訪したい廃道である


      有名も有名なので 詳しい歴史的経緯などは割愛しようと思う
      場所は北海道 たぶん函館市の日浦岬だ


      東側からアプローチをかけると まず最初にでっかい切通が見える
      ……切通だよね?ちょっと自信ない
      自然地形だよって言われたら信じちゃいそう


      封鎖の先には海が見える なにせこの道は海蝕崖にへばりつく様に造られた道だ


      故に閉鎖を抜けるとすぐにこんな光景が広がってる
      ……いや道どこよ


      ってこれ橋の残骸かよ


      これぐらいなら 普段だったら渡っちゃうんだけど 今日はちょっと軽装備すぎる
      時間もない 仕事の途中だから無理もできない
      いやけど、反対側に回ったら時間的に全ては見れない

      色々と葛藤に悩まされながら 少しだけ橋と格闘し 無理を悟りここで引き返した

      この時点で全走破は断念してたが、あのトンネルだけは見たいと思い 反対側に車を回すことにした



      続く

      国道398号 旧道【水界隧道(前編)】(宮城県登米市・南三陸町)

      2019.09.21 Saturday 05:43
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        現在地はここ
        探索日は2019/9/14
        住所は宮城県登米市東和町米谷朝田貫というやたら長ったらしい名前になる
        東和町は登米市に合併する前の自治体名、米谷は東和町に合併前の町名でマイヤと読む 朝田貫はおそらく当時の大字名か?
        ちなみに登米市はトメと読む
        読めない

        合併では旧自治体名は住所から消滅するか大字として置き換わるかのどちらかのことが多いけれど、昔からの地名を極力無くさないようにする登米市の姿勢は素晴らしいと個人的には思う
        おそらくこれには登米市が8つに別れてた登米郡の町と近隣の津山町を1度に合併し出来た市だということが影響していると思われる
        まぁ、住人は毎回自分の住所書くのが大変そうだなぁ…

        話が脱線した

        今回紹介するのは国道398号水界峠の旧道である

        国道398号は宮城県石巻市の国道45号交点を起点とし、女川町を経由し再び国道45号にぶつかり重複、南三陸町志津川で再び単独区間に入りそこから宮城県と秋田県を色々な国道と交差、重複しながら斜めに縦断し、最終的に日本海へ至り由利本荘市国道7号交点を終点をしている

        やたらと色んな国道と重複したり、訳分からん経路を辿るこの国道398号だが、それは数多の県道を統合して国道へ昇格した名残である

        今回紹介する区間は旧秋田県道17号・宮城県道26号湯沢築館志津川線だった区間である
        元となった県道が秋田県湯沢市から太平洋側まで続くというめちゃくちゃ長大な路線で、この国道が単独でまともな経路を走るのもこの区間が殆どである

        水界峠はその一番終点側に存在した峠であった


        旧道はまだ舗装が残されていて歩きやすい
        米谷側は道が狭まいからか結構な頻度で待避所が設けられている
        普通車同士なら待避所以外でもすれ違えるであろうから、大型車の為に設けられたものだろうか


        ガードレールも残存している


        また待避所




        カーブの標識も残っていた


        ここの標識、一般的に見かけるタイプより何故か一回り小さい




        ん?


        斜めってるね


        「トンネル内道巾せまし 最徐行 」


        トンネルの前に廃車が出てきた


        隧道が見えてきた
        これが水界隧道である
        1886年(明治19年)竣工の明治隧道で、数多のサイトで宮城県で最初につくられた(近代)トンネルとして紹介されている

        ……ちなみにこれは正しくない
        近代トンネルに限ったとしても、1882年竣工の関山隧道の方が古く、また以前紹介した高柵山隧道も1884年竣工なのでこれよりも古い

        ただ、関山隧道は山形県が主体となって造られ、高柵山隧道は工兵隊により築かれたので 「宮城県が主体となって造られた隧道」としては最古のものとなる


        さて、この時代の東北地方の道路網構築は既存の水運を補完する形で整備が進められていた
        これは旧北上川河口に造られた野蒜築港を中心として整備が進められてたからである
        関山隧道も元は山形から野蒜築港へのアクセス路としての意味合いが強かった

        水界峠はその名の通り分水嶺、西は北上川水系に属し、東は八幡川などで直接志津川湾へ流れ込む 元々ここには米谷道が通っており交易道路として栄えていたが、ここに北上川水系による水運と志津川湾からの海運を補完する形で整備されたというのが、この水界隧道を含んだ明治の米谷道(本吉街道)であった

        最も野蒜築港計画は頓挫し、水運は早急に鉄道に置き換わったのだが それでもこの道の重要性は変わらず、1953年に改修工事がなされ、1981年に新水界トンネルができるまで現役で居続けた


        隧道は土嚢で塞がっている
        比較的近年まで通り抜けが可能だったためGoogleで検索すると 主に心霊系のサイトが当時の写真を載せている
        塞がれてしまったのはおそらく2014年頃と推測される


        扁額
        当時の宮城県令 松平正直の名前も記されている


        昭和に改修を受けているため、当時の面影は残っていない
        その為明治隧道にしてはだいぶ広くなってしまっている
        宮城県最古のトンネルを謳ってるのに、非常に惜しい(真に最も古い関山隧道も改修されてこのぐらい広くなっているのだが、こちらは土木遺産にも認定され 歴史的にも有名になっている 改修を受けておらず明治隧道そのままの姿を残しているのは 素掘りであれば高柵山隧道が 煉瓦積みであれば城山隧道が宮城県最古となる)

        さて、米谷側はこのぐらいにして、反対側 志津川側へ向かおう

        つづく

        夏コミお品書き

        2019.08.11 Sunday 03:26
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          お品書きが出来たので告知です

          なお聖地巡礼は500円ではなく1000円の間違いです


          四日目南ユ22bでお待ちしております

          山形県道54号貫見間沢線/貫見沼山狭隘区間

          2019.08.09 Friday 03:02
          0

            場所はこのあたり
            山形県道27号大江西川線の途中 大江町貫見付近である
            ここから今回紹介する山形県道54号貫見間沢線は分岐する

            写真には県道54号の卒塔婆も立っているが、これ以降には県道54号を示す看板は存在しなかったはずである


            場所はこのあたり
            貫見集落を抜け 貫見郵便局のところで県道は右にそれる
            分岐部の写真を撮り忘れたが、まず事前に地図を用意してなければ見過ごすような交差点であった

            写真は曲がった直後で撮ったもの、この時点でこの県道がどのような扱いになっているか察しがつく


            舗装こそはされてるが、舗装がいいのは最初だけで、直ぐにボロボロになってビーノにはきつい道になっていく
            道も急勾配なのでビーノだとなかなか進まない
            これが本当に県道なのか不安になりながらも、確かに「山形県」と書かれたポールを見て まじかよ……と思いながら進む


            段差注意
            そもそも舗装がボロボロすぎて段差しかないのは言うまでもない


            場所はたぶんこのあたり
            おそらくこの県道の最高地点と思われる場所
            峠なのかどうかはよく分からないが ここだけ開けていた
            峠を登ったのであれば、後は降るだけ

            ……この時はそう思っていました


            場所はこのあたり
            ここで分岐が現れた
            舗装路は右に続いてるから県道も右なんだろうなと思って、特になにも考えず進んでいた

            しかしそれは間違いだった
            県道は左の道だったのだ


            ……え、まじで?これ行くの?


            分岐から舗装なんて無くなりダート走行を続ける
            今更だけどビーノは言うまでもなくダート走行向きのバイクではない


            うーん
            一応手入れはされてるけど、これマジで主要地方道にもなってる県道なのかよ……


            場所はこのあたり
            ダートになってからしばらく走ったところで、県道を見失った
            道自体は続いてるのだが、明らか別の方向に進んでいて、これは県道ではないと判断した

            ……え?県道はどこいったの?
            手元の国土地理院地図を見ると恐るべし事実に気づいてしまった

            なんと県道はこの場所でヘアピンカーブしてこの写真に写ってる左側の草むらに進んでいるようだ……

            いや、道ねぇじゃん!!!!

            山形県道54号、まさかの廃道だった

            ──いやそんなの聞いてないんだけど




            この後さっきの分岐点まで戻ってくることになった
            流石にあのレベルの廃道をビーノで行くわけには行かない
            そもそも今回、この道が廃道になってるのを知らずに来てたので完全に予定が狂い、この後の区間に多数の廃道区間があるのを察しつつ 諦めてこの県道の迂回路として使われてるぽい道を進むことにした


            この迂回路、どうやら林道のようだが、こちらにも山形県のポールが立っている おそらく県管理の林道で 県道の代替路線であることは間違いない
            後に気づいたが、山行が等でもこの道が山形県道54号だとして探索しており 旧道落ちしている本来の県道については触れていない
            そのうち、本当にこちらが県道指定されることになるかもしれない

            そういえばこの区間でダンプとすれ違った
            おそらくこの道の工事に関連したものだったが、道幅も決して広くないフラットダートですれ違うのは いくらこちらがビーノでも怖かった


            場所はこのあたり
            ここでようやく本来の県道へ復帰出来る
            写真で見てここから真っ直ぐ行く方向の道が迂回路、左側に曲がる道が本来の県道である
            こちら側の廃道区間は探索してない
            というかこの後日本海側までビーノで行く用があったので、全く時間が足りてなかった

            悔しいが、隣の県なので近いうちにリベンジをしたい


            県道が復帰した後も相変わらずか道を下り、ようやく西川町沼山にたどり着く
            県道はもちろん立派な道な方ではなく右側から来ている

            この後の県道は国道112号交点まで2車線道路が繋がっていて、ようやく県道らしさが出てくる



            ……と思ったのだが、帰ってから走行ログを確認すると 県道は途中で細い道に逸れていて、私が通ってきた道はただの町道だったらしい
            いやまじなんだよこの県道…ワケわからねぇよ

            使命感でリベンジしなきゃとは思うが、本心では正直二度と来たくないと思った険道でした

            おわり
            category:酷道とか登山道とか | by:たまそらcomments(0) | - | -

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